『何もしない』ジェニー・オデル 竹内要江訳(早川書房)2023年

注意経済への反抗


アテンション・エコノミー(注意経済)


 InstagramやX、YouTube。あらゆるSNS、ソーシャルメディアは、我々の趣味嗜好を分析し、アルゴリズムによって、フルコースの料理のように情報を提供し続けています。
 人々の関心を集めるバズる動画が量産され、本質的なものは次々と忘れ去られています。

中国には、立派な高速道路をも迂回させる、「ネイルハウス(釘子戸)」と呼ばれる立ち退き拒否の家があるそうだが、本書はそのネイルハウスの頑固さにならい、注意経済(アテンション・エコノミー)にたいする政治的抵抗行為としての「何もしない」を実践するためのフィールド・ガイドだ。本書はアーティストや作家だけに向けたものではなく、人生とは手段以上のものであるので最適化されないと考えるすべての人に向けて書いた。私の議論の原動力となっているのは単純な拒絶だ。それは、自分にとっての「今・ここ」や周囲にいる人たちだけではなんとなく物足りないと考えることの拒絶だ。
p12

 本書は、生産性や役に立つものばかりを追求せず、商業的ソーシャル・メディアの手法に乗ることなく、そこから、ただ離れることを勧めています。具体的なノウハウやテクニックを紹介するのではなく、商業的なものから、ただ距離をとる。

私が定義する「何もしない」の重要なポイントは、リフレッシュして仕事に戻ったり、生産性を高めるために備えたりすることではなく、私たちが現在「生産的」だと認識しているものを疑ってかかるといういうことだ。
p14


距離をとること


 紀元前四世紀頃の哲学者エピクロスは、辺鄙な場所にある庭園を購入し、そこを学園として、駆け込み寺兼癒しの場としての共同体を形成しました(エピクロス学派)。
また、60年代のアメリカのコミューン運動も同様に、社会から離れ、離脱し、自立した共同体の形成を試みました。コミューンの社会実験は、そのほとんどが失敗に終わりましたが、そこから学ぶことは非常に大きいです。

 本書には記述はないですが、日本でいうと、網野善彦『無縁・公界・楽』(平凡社ライブラリー)に江戸時代、時の権力が及ばない駆け込み寺としての「無縁」が紹介されています。法律や、権力、地縁、血縁など、あらゆる縁から切り離された場所。宮崎駿監督の『もののけ姫』のタタラ場も、網野善彦の思想がベースにあるとされています。

必要とされているのは、混成的な反応だ。観想と参与、離脱と求められている場所への帰還、どちらもできるようにならなければ。マートンは『行動の世界における観想』で、心のなかであればそれらの営みが両立できると教えてくれる。その教えに従って、私は隠遁や亡命にまつわる用語に代わるものを提案しよう。それは、私が「距離を取る」と呼ぶ、シンプルな分離だ。
「距離を取る」とは、離脱することなしに、自分だったらどうしていたかをつねに意識して、部外者の視点で考える行為だ。
P139・140

 完全にドロップアウトすることなく、距離をとること。『森の生活』の著者ヘンリー・デイヴィッド・ソローの体験が語られています。ソローは、森の中のウォールデン湖のほとりに建てた小屋で2年2カ月間生活し、そして森から街へと戻っています。

ソロー自身は私が「距離を取る」と呼ぶ状態にある。現在を未来の視点から、不正を正義の視点から眺めるソローは、実現されていないことだらけの居心地の悪い空間で生きていかなければならない。だが、希望と自制心によって彼はそこにとどまり、「私がずっと思い描いてきたが、まだどこにも実現していない、より完璧で栄光に満ちた国家」を志向する。
p166


何もしないとは?


 何もしない農法(自然農法)で有名な『わら一本の革命』福岡正信についても言及しており、福岡の「人間というものは、何一つ知っているのではない、物には何一つ価値があるのではない、どういうことをやったとしても、それは無益である、無駄である、徒労である」という言葉を荘子の思想とも通じる。としています。
 何もしない農法といっても、本当に全く何もしないわけではなく、はじめから、できるだけ余計な手出しをしないこと。不自然な状態にしてしまってから放任しないことが重要であるとしています。

 現代のようにスマホやSNS、インターネットが普及していない時代であっても、世界各国、様々な人たちが、その時代の当たり前や常識を疑い、生活や消費、自然との向き合い方を変えようと、常に思考・行動をしてきました。
 これだけ普及し、誰もがパソコンやスマホを毎日利用している世界では、そこから完全に離脱することは不可能ですが、拒絶し続ける姿勢を保ち、必要最小限に留めることは可能です。
 よりよい生活を実現するための、考えるための一冊です。


何もしない (ハヤカワ文庫NF) [ ジェニー・オデル ]


森の生活 ウォルデン (講談社学術文庫) [ D・ヘンリー・ソロー ]


自然農法わら一本の革命新版 [ 福岡正信 ]

Follow me!

コメントを送信

PAGE TOP